I - 心髄
カイアトルの足は地面に触れることを頑なに拒否した。
彼女… 少なくとも彼女と思われる物体が、サイオンの精神世界の中に不格好に浮かんでいた。カイアトルは近くを通り過ぎていく小さな物体を掴もうと手を伸ばした。だが、その手は煙のように実体がなかった。
彼女はうめいた。「もっと… 解像度を上げられないのか?」と大声で言った。
カイアトルの精神が憤然としたさえずりで満たされ、黄色の羽ばたきと、湾曲した緑木の張りつめた感覚が流れ込んできた。
「それなら、もっと頑張ってくれ」彼女の声からは親愛の情が感じられた。
精神世界の地面が歪み、彼女の足下までせり上がってきた。だが自分が立っているような感覚はしなかった。彼女は足を踏み出した。周囲の空間が彼女を中心に回転し、密集して気体に変わった。まるで頭痛の中を歩いているかのようだった。
彼女はためらうことなくその灰色の中を覗き込んだ。ガーディアンとルーセントハイヴの戦いの舞台となるアリーナを見た彼女は失望を覚えた。「これだけか?」
サイオンはテレパシーを送って彼女に説明した。サイオンの精神世界で光なき者を再現するのは、曇った鏡を掲げて、その内部にあるものを反射するようなものだ。対して、ルーセントハイヴやガーディアンであれば、もっと具体的に見たり触れたりすることができる。
「光を持つ者か」と言って彼女がため息をつくと、黄色い光が彼女の周りの霧を照らした。
彼女は振り返った。遥か上空にドミヌス・ガウルの巨大な姿が現れた。灰色の積乱雲が渦を巻いて彼のアーマーの頂点を形成していく。ドミヌス・ガウルは内側からの光に照らされ、圧倒されながらも威厳をたたえていた。
彼女は首を振った。シナプス・スピアを持つガーディアンならこの幻影を破壊できるだろう。だが光なき者である彼女は、他者とこの精神世界を共有することはできない。彼女はガウルの獣のような顔を怒りに燃えた目で見上げ、自分の中にある彼が今なおこれほどまでに雄大な姿を保っていることを恥じた。
サイオンが彼女に鋭く警告した。後悔、罪悪感、危険。
彼女は理解していた。今見ているものは自分の中にあるものだと。
ガウルのイメージが消え、夜空に堂々と輝くトロバトルが現れた。
カイアトルは躍起になって意識を別のものに向けようとした。彼女はイグノヴンとその不格好な牙付きのヘルメットを、ザヴァラ司令官とその軍隊である血の盟約の当事者たちを呼び起こそうとした。だが、それは広い空と比べるとあまりにも小さかった。今度は自分の強さを求めたが、不意にウムンアラスが姿を現した。ウムンアラスは傷口から血を噴き出しながら、勝利の雄叫びを上げる。
カイアトルは後ずさった。
トロバトルが空中でしぼみ、その緑と青が赤と黒へと腐食していった。カイアトルは灰の大地に積まれた死体と、腐敗で凝固した海の臭いにむせた。死に満ちた彼女の故郷から黒い煙があふれ出て、悲鳴を上げるシヴ・アラスの顔に変わった。
そして何かが… 彼女の知る何かが、その背後から現れた。
空高くシヴ・アラスがそびえ立っている。だが彼女の父親の巨躯が広がり、視界の全てを飲み込んでいく。彼の服は色あせていた。その紫のシルクからは悪臭のする唾液が滴り落ち、黄金色のアーマーには膿がこびりついていた。やがてその体が異様な形に膨らみ、彼女のもとに迫ってきた。彼の濡れた口は開かれ、唇は甘美な油で光っている。その飛び出た目はどこを見るでもなく大きく見開かれていた。
彼女の目の前で精神世界の地面がせり上がり防壁へと姿を変えた。サイオンがカルスを遮断しようとしているのだ。
「やめろ」と彼女は厳しい声で命じた。防壁が姿を消した。
彼女は歩いて、カルスに接近した。彼女の足下にためらうように地面が生成されていく。
カルスが吠えた。その瞬間、彼女は父親の巨大な体についたノミと化した。彼女はその雲のような姿を通り抜け、彼の体内へと入った。そこは、ワインと血と吐瀉物が混じった腐臭に満たされていた。
彼女はもがきながらさらに中に入ると、大海のような彼の汚染物の中を通り、熱に喉を焼かれそうになりながらさらに奥深くへと進んだ。彼女の形が不鮮明になり始めた。今にも悪臭のする肉体に吸収されそうだったが、彼女はそれに抗い、必死に抗い続けた。
やがて彼女は中心部に辿り着いた。はっきりとした姿を持つ存在がそこに静かに立っていた。その牙には宝石が飾られ、アーマーは栄光に満ちていた。その目は澄んでいて、体は鍛え上げられている。
「見つけたぞ」とカイアトルは囁くと、自分に微笑みかけた。