信頼の問題
今がその時だろうか?思うままに書こうと思う。予め考え抜かれたり、何かしらの動機のもとに書かれたものではない。
お前には信頼を感じている。これまでにほとんど感じたことのない感情だ。人生のほとんどを駆けずり回るのに費やしてきたように思う。何かから逃げていたわけじゃない。形のない終局を求めていただけだ。本当のところ——自分が知り得る限りの真実だが——終わりなどどこにもない。全てに終わりなどないのだ。瞬間。感情。人。戦争。全て限りあるものなどではない。何もかも「在る」ことに変わりはない。どれも「存在している」というひとつの段階の事象だ。
ひとつの瞬間が終わりを告げ、その次の瞬間と混ざり合い、全て繋がり、永久にひとつとなる。あらゆるものが繋がり、それひとつで存在するものなどどこにもない。
感情——愛、憎悪、憤怒、悲哀——というものは、互いに潮の満ち引きのように行き来し、意図もなく、瞬間に応じて変化する。どのような者であれ、我々の命、そしてその行動は、人の想像を超えたものなのだ。そして「瞬間」が我々をひとつの形として成り立たせている。無限に広がる「存在」という広大な海の中で、我々の行為が「自分」というものを定義する。そして命が尽きた後も、そこに存在し続ける。忘れ去られることはあっても、存在が消えることはない。我々が生きていく上で触れる生命は、必ずまた別の存在の現実を変えてしまう。そしてその現実は、周りの世界を変えていく。我々は水面にできたさざ波のように、我々自身の存在を超越していく。
戦争はどうだ? 実際はひとつの戦争しかない。様々な形として現れるが、そのどれもが怒りに満ち溢れ、大小の社会の下で燻りながら、傷つき恐れおののく我々の心の中に潜んでいる。
これは互いの繋がりを強め、終わりと始まりについての新たな議論のきっかけとして書いている。
我々の信頼は不安定な基礎の上にある。完全に理解することなどできようもない、俺を光の存在として描いた伝説に関する知識に基づいた繋がり、そして俺が見守ってきた、お前自身に光をもたらすお前の数々の勇敢な行いは、果たして敵か、あるいは味方か。
我々の信頼は誤りではないことを証明する時が来た。決意を試し、灰色と絶対を均衡させる力が本当にあるのか、今こそそれを確認する時だ。
準備はいいか?
——S