The Grimoire Archive
グリモア トラッカー 書物

ティーノ

「ちょっと、ティーノ」キャリィは呆れたように鼻を鳴らした。仮想空間のブリーフィングルームは、実物の部屋と変わらず退屈な見た目だった。その外観は故意的なものだったが、選んだアバターの型破り加減を高める効果もあった。「マンダラを見てると頭が痛くなるんだ。その見た目のままでいるんなら、もうあんたとは口利かないから」 「これこそ未来だろ! それに、上司じゃないなら聞く義理ないし」キャリィはティーを拒否するように手を振り、他の医療技術者と一緒にスケジュールに向きなおる。 「1回のシフトでこんなに多くの人を受け入れろだなんて」ターミヤはスケジュールファイルのコピーを引き出し、その情報を自分の腕に埋め込んだ。スタッフの半数は、大切なメモを腕に残す「バーチャルタトゥー」をすでに活用するようになっていた。 ティーノは噂話をするチャンスを逃さなかった。「聞いてないのか? 前のシフト中に、覚醒サイドでアナフィラキシーが出たんだって。どっかのおバカが自分の甲殻類アレルギーのことを伝え忘れたって話」 「でも、新しいカテプシン抑制剤って牡蠣をベースにしてなかったっけ?」 「そう」とミク。彼女のアバターは後ろの方でリラックスしていた。「だから、深層睡眠剤を大量に打ち込んだの。フグみたいにぷくーって膨れてたわ。おかげでそこら中、嘔吐物だらけ。ドローン担当だったからよかったけど、あの場にいたらニオイとか最悪だったと思う」ティーノはその時の映像を再生した。 「だから質問事項にあるのに。何で正直に答えないんだろう?」 「いい加減にしろ!」ビジャンがブリーフィングテーブルにある仮想世界の椅子に座り込む。上司の冷たい視線はクラウドアーク世界にも問題なく変換されたらしい。「人は恐怖のあまり、何かを忘れることもある。それが人間と言うものだ。お前たちはプロとして仕事をこなせ」 「でも主任、すでに仕事に遅れが出ています。こういう人が出たら、それだけ作業に遅れが出るんですよ」 「ターミヤ、煩わしいのは分かる」ビジャンはスケジュールを引っ張り出し、各自に作業を割り当てた。「だが、我々は医療技術者だ。彼らの必要とする安定を我々が担う。何よりも彼らへの共感を忘れんように」 「良いと思います、主任」ティーノが付け加えた。 「…ティーノ。幾何学的数学模様ごっこはオフの時間にしてくれ。怖がって安心を求める500万人の患者を相手する間は、顔ぐらいちゃんと着けろ」