VIII. 帰巣
日中の英雄の殿堂は活気に満ち溢れている。クイン・ラガーリが選曲したアンビエントなサウンドトラックに交じって、モバイルアバターの姿をしたネオムナ人の群衆の会話が低く鳴り響く。
訪問時間を過ぎた後も、殿堂に静寂は訪れない。水が池に流れ込み、プーカが茂みを徘徊する。そして、オシリスはサギラの記念碑を避けるように、カーペットの上を往復していた。
遠くから新たな足音が聞こえてくる。オシリスは扉に背を向け、池の方を向いた。
早い足音からは気短さが感じられる。ニンバスだ。殿堂の階段を登るニンバスの足音が遅くなる。
「オシリス?」
オシリスは葉っぱが詰まった排水口に注意を向ける。プーカ池を掃除しているのが誰なのか、オシリスは知らなかった。
「もう遅いから、あんたも切り上げてるかと思ったよ!」ニンバスの陽気で電子的な声が高天井に響き渡る。
「今まさに切り上げているところだ」彼の報告はもうバンガードに送信されていた。イコラから返事が来るまでしばらく時間がかかるだろう。この間に休息を取っておくべきなのはわかっていた。
「でもまだここにいるんだな。どうかしたの、爺さん?」
ニンバスがオシリスを見下ろす。オシリスはニンバスを見上げて首を痛めるくらいならと思い、再び歩き始めた。
「コンダクターについて考えていた。我々が学んだことについて」
オシリスに歩調を合わせたニンバスが1歩進むたびに、彼は3歩進まなければならなかった。「話、聞こうか?」
「いや、別にいい」
オシリスが情報を打ち明けたいのはただひとり、彼の第2の頭脳であり、もうひとつの心臓であるサギラだけだった。彼はセイントにしたように、彼女にも無体な仕打ちをした。
「ええ、ホントにいいの? 辛いことがあったら、その重荷を分かち合う人がいたほうがいいって言うじゃん? 自分は結構力持ちだよ」
ニンバスが見せつけるように力こぶをつくった。一晩中かかってでも、オシリスが口を割るのを待つつもりだろう。オシリスが煩わしそうに見上げると、ニンバスが彼に向かってウィンクをした。
2人は長い時間を共に過ごしてきた。最初はストランドを、そして次にマヤ・サンダレシュの歴史を調査していたのだ。そこまでしてくれたニンバスには打ち明けるべきなのかもしれない。
オシリスは腕を組み、照明に向かってしかめ面をする。
「私は… セイントを失った後、別の世界からもうひとりの彼をここに連れてきた。それは自己中心的だった。私はマヤ・サンダレシュがチオマ・エシにしたことを、セイントにしたのだ」
ついに口に出した。
「うわぁ、それはまた… ヘビーなものを抱えてるね、オシリス」ニンバスが言う。
ニンバスに裁かれるのを待つのは苦痛だった。セイントは今頃タワーの家に戻り、鳥に餌をやり、マイクに向かって戦うガーディアンたちへ声援を送る準備をし、そして、どうせまたオシリスの本を間違った場所に収納していることだろう。一方で、オシリスは家から遠く離れた地で、自分の過ちの理解を求めている。
「なるほどね」ニンバスが考えるようにゆっくりと言った。「コンダクターはネットからいろんなバージョンのチオマを引き出して、殺してる」
「そうだ」
「んで、セイントが死んだあと、あんたは彼を追い求めて無限の森に入っていった。ひとつ間違えれば、あんただけじゃなくて世界全体が壊れてしまうようなことをしたんだ」
「そうだ」
しばらくしてからニンバスが口を開く。「個人的な意見だけどさ… マヤはパートナーを見つけたんでしょ? 大勢いたはずだ。それなのにマヤは彼女らをことごとく葬った。そんで、あんたはセイントを探しに行って、ここに連れ帰ってきた」
ニンバスは考えながらゆっくりと言う。
「それじゃあ、あんたがセイントを見つけて、彼に拒否られたとしたらどうしたと思う? 『私はここに残るんだ』って言われたら」
そうなっていたら、オシリスはセイントの前に立ち、空腹で死んでサギラによって蘇生されるまで彼と口論しただろう。何度でも。セイントの言い分を真に理解できるまで。
オシリスは知らないうちにサギラの記念碑の前まで来ていた。彼女の何も見えていないシェルが上を向いている。彼女が今のオシリスの言葉を聞けば、彼を説教したに違いない。
「そのまま置き去りにしただろうな」彼が本当にそれを求めているのなら。セイント14の頑固さは伝説級だ。彼は自分の考えをしっかり理解している。
ニンバスがオシリスに近づき、再び彼を見下ろす。
「あんたがセイントを連れ帰ってきたのは、彼のことが恋しかったからだろう? 自分のことが… 恋しかったわけじゃない。セイントに自分を肯定してほしかったからじゃない。そこには大きな違いがあると思うけど」
2人はそのまま佇み、ニンバスの視線がロハンの記念碑に向く。オシリスはセイントに連絡すべきだ。そして、タワーに戻るべきだ。彼はもう長い間家に帰っていなかった。
「クラウドストライダーってのはさ、愛を見つけるのが難しいんだ」ニンバスが物憂げに言った。記念碑にぼやけて映るニンバスの目に涙が浮かぶ。「あんたたちの関係ってホントにロマンチックだよな。どうやったらこんなに長い間仲良くしていられるの? 自分もそんな愛が欲しいよ」
自分の恋愛経験を基に誰かに純粋なアドバイスを求められることは、ベックスでさえもが予測できないような恐怖だったが、オシリスはその輝く瞳に映る懇願を拒否することができなかった。