対比
[VanNetの暗号化ルーターより報告]
またしても修辞的な内容だ。敵は自らを自然の摂理の一部だと考えている。まるで狩りをする狼のように、ひたすら自然の掟に従う。それを理由に否定などできようか?
[ハイヴの革にナイフで刻まれた私信]
本当の悲しみを知らない冷笑的なガーディアンは、トラベラーには隠れた動機があり、暗黒を自然の力だと考えている。彼らは灰色の信奉者だ。彼らにとっての善悪の境界線は、絹のように美しく、簡単に切り取ることができるものなのだ。
なんと愚かな。悪は存在する。それが灰色の世界であってもだ。それを確かめ、抗わなければならない。何もしなければ、それが全てを奪うだろう。悪を見逃し、その存在を否定する者は、悪の一番の協力者だ。悪の目的を論理的な正当性と取り違える者は、悪のお気に入りの駒となる。
それでもピラミッドは私に疑問を投げかける。暗黒が光を破壊するように、光もまた暗黒を破壊することはできないのだろうか? 地球の冬や太陽の黒点のように、避けられない自然の変化が訪れた時、我々はなぜそれを「悪」と呼ぶのだろうか?
その理由は、拒否しなければならない変化も存在するからだ。冬への備えを怠れば、我々は死ぬことになる。我々という種が絶滅するのだ。
…どうやら私は、敵の哲学を利用して敵に対する自分の立ち位置を正当化しようとしているようだ。これはなかなか巧妙な罠だ。
冬は悪なのか? 冬は確かに悪の原因となる。冬は欠乏と苦しみを通して我々を悪の選択に誘う。だが冬は自然環境の結果に過ぎない。それに季節に自我があったとしても、永遠に夏のままでいることはできない。冬という存在は、ただ自らであり続けるだけで、常に我々を傷つける。だが果たしてそれで悪と呼べるのだろうか?
もし我々が氷からシェルターや武器を作り出せば、我々は悪になるのだろうか?
冬を乗り越えるには冬の道具が必要だ。暗黒を乗り越えるには… 善悪の新たなアイデアが必要だ。道徳的な中立性に埋もれることのないアイデアが。
でなければ、我々は最終的に全員がドレドゲンになるだろう。