The Grimoire Archive
グリモア トラッカー 書物

イオン

「奴が逃げたらどうなる?」 「逃げると決まったわけじゃない」エリスが言った。 「奴が逃げたとしたら」スロアンが続けた。「奴はお前の玉座の世界とドレッドノートを繋ぐ風穴を開けることになる。この場所とシティは危険にさらされるんだぞ。そのようなリスクを負うべきだとでも言うつもりか?」 「いつだってリスクはつきものだ。信頼するということはリスクを負うということだということを理解し、集中しなければならない」 エリスの言葉は鋭かった。 「それは信頼とは違う」スロアンが歯を食いしばる力を無理やり和らげて言った。 「そうか?」そう言って向けられたエリスの目はいつにも増して緑色だった。スロアンはその視線に不愉快な歯がゆさを感じた。「それでは、信頼とは何なのか教えてもらおうか、スロアン副司令官殿」 「信頼とは勝ち取るものだ」スロアンが組んでいた腕を解き、またすぐに腕を反対に組みなおした。「誰かが何回も何回も仕事をこなす。自分には任務を完遂する能力と決意があるということを証明する。それが長い期間をかけて蓄積されるのだ。そしていずれ、その誰かが有言実行できるのだと確信できるようになる。そうなれば、不可能を約束されたとしても、何とかしてやってくれるんだと信じることができる。確実にな。それこそが信頼だ」 「なるほど」エリスの口調には、中立であろうと無理をしているような響きがあった。彼女はひとつ、またひとつと玉座の書庫の床に揺るぎない線を引いていった。その動きに躊躇はなかった。 スロアンの腕は悲鳴を上げていたが、彼女はそれを無視した。 「それでも」エリスがついに口を開いた。「信頼には必ずリスクが伴う。それは誰かに秘密を囁き、その者が誰にも言いふらさないことを願うのと同じだ。言いふらさなければお前は救われる。今回はな。だが、お前は常に問い続けなければならない。次は裏切られるのではないか、とな。今回ばかりは秘密を言いふらされるかもしれない。そして、絶対に言いふらさないという絶対的な確信を持つことはできない。誰かを完全に理解することなど不可能だ。できることは、推測し、希望を持ち、信じることだけだ」 「まるでサバスンのような言い草だな」その言葉を口にした瞬間、スロアンは後悔した。本当はそんなことなど思っていなかった。彼女はただ、簡単に答えることができる質問にも巻きついてくるエリスの捻じれた考え方に嫌気がさしただけだった。 エリスのキチン質の肩がピクリと動いたが、彼女がスロアンに背を向けていたせいで、今の言葉をどう受け取ったのかを探ることはできなかった。「副司令官、我らはこの状況をどうにかしなければならない。私が失敗したときに、お前が私を咎めるためにそこにいてくれると信じているぞ」彼女は“信じている”という言葉を強調して言った。 スロアンは唇を歪ませた。「確かに私はそこにいるだろうが、それは残響を粉々に砕くためだ。残響を始末することが最重要だからな」 「決まりだな」エリスが振り向くと、その顔にはスロアンが稀に見る明るさがあった。「お前は確実性そのものだ。私はリスクを負っても確信していることがある。それは、お前がこの一件を必ず終わらせるということだ」 それはスロアンがこの会話を通してエリスに伝えたい教訓とは少し違った。「私はひとりのタイタンに過ぎない」スロアンが真面目に言った。「奴がお前の手を逃れたら、私だけでは太刀打ちできない」 エリスは躊躇した。それはほんの一瞬だったが、スロアンが勝利に最も近づいた瞬間だった。「ならばその時に備えることだ。慎重な者たちに警告するのだ。私はこの任務を必ず果たさなければならない。リスクは承知だ。私にできることなのだと信じていなければ、こんなことは提案しない」 “仕事をこなした報酬は、後に続く仕事だ”という格言がある。「わかった」スロアンは歯を食いしばって言った。 定義はどうあれ、少なくともエリスは何らかのかたちで彼女を信頼していた。そしてその信頼は無意味ではなかった。